スシローの少年について思うこと

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テレビでも報道されたそうなので、ご存知の方も多いかと。

スシローで醤油差しやカップをペロペロ舐めて戻した、「あの」少年の動画。

twitterを見ると、結構な炎上具合で氏名だけではなく、高校、バイト先まで特定されている。

 

動画の撮影者が父親だったり(という噂)、本人が「この程度のことで(そんなに騒ぐか?)」と煽ったことも相まってか、ネットを見ると社会から抹殺せよと言わんばかりの勢いである。スシローの株価の暴落や店から客足が遠のいたり、被害額は億単位になる模様で、スシロー側も戦う構えだそうだ。

 

少年がしたことは、もちろん許されたことではない。

純粋に衛生的な面でもだし、ただ自分が悪ふざけをして楽しみたいがためだけに、他人(会社)に迷惑をかけてしまっている。それ相応の処罰を受けて当然だと、自分も思う。

一方で、こういった悪ふざけ→炎上のニュースやネット情報をみるにつれ、思い出す書籍がある。それが「ケーキの切れない非行少年たち」だ。

タイトルに象徴される通り、円形のケーキを3等分(びたり正確でなくとも)できない知的レベルの少年少女に関する内容のもの。世の中には知的障害と言われる人々といわゆる普通の知能を持った人の間のグレーゾーンの人たちがいて、少年少女犯罪に手を染める割合が高いことに警鐘を鳴らしている。

犯罪者の精神鑑定とはまた話が別であるし、スシローの少年がどうかはわからない。でも、仮に「自分がある行動をとった時に他人がどう思うか」というセンサーがない、もしくは極めて弱いとした場合、彼一人を責める構図で良いのか?とも思ってしまう。

スシローの被害額は百億円規模になるそうで、もし訴訟となれば相当の責任を取らされることになるだろう。でも、親、周囲の人々、学校、地域の責任は全くないのか?彼に知的な面での問題は本当にないのか?そういった観点でものを見るのも大切ではないかと思う。

もちろん、彼を擁護するつもりはない。高校生という年齢を考えると、本当に一人の責任として責め立て、社会から抹消するのが正しいのか?とも思ってしまう。

 

犯罪者の精神鑑定も同じかもしれないが、取り扱いが難しい問題だ。